歴史

2018年7月29日 (日)

写真集「高崎市の昭和」

本屋に行ったら
7月27日に発行された
写真集「高崎市の昭和」があった。
高校の同学年の桜井君が提供した写真の解説に
父が務めていた会社名があり、
懐かしくなって買った。

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編集に携わった方々の名前を見て行ったら

高崎の歴史を掘り起こして

ブログに紹介している小林健一さん(迷道院高崎)の名前があった。

2018年7月22日 (日)

縄文 東京都国立博物館

会場 東京都国立博物館
時間 12:30~16:40
ほぼ4時間かけて
ゆっくり見た。

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2018年4月 7日 (土)

第4回桜椿祭

会場 西廣寺
時間 13:00~16:00
講演会講師 市川浩史氏 群馬県立女子大学教授
津軽三味線演奏家 上原梅弦

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2018年1月11日 (木)

多胡碑記念館

多胡碑記念館にONさんとMTさんの3人で行った。
学芸員の和田健一さんにお会いした。
五万石騒動関係の研究論文をもらった。
1 近世庶民教育と筆子塚 ―高崎五万石騒動の文化的背景―
2 『義民の冤罪』と『五萬石騒動』の再検討
和田さんは2015.11に
高崎学検定講座で五万石騒動についての講演をしたとのこと。
プロフィール(高崎市中央公民館のHPより)
 
1967(昭和42)年生まれ。藤岡市出身。
早稲田大学で東洋思想を専攻、
玉川大学で博物館学を専攻、
卒業後民間へ。
その後、高崎市歴史民俗資料館勤務を経て、
現在多胡碑記念館に勤める。
「高崎藩英学校」等の企画展示や、
「多胡碑の江戸時代」「上野三碑と楫取素彦」等の企画展示、
拓本コレクション展「春秋戦国から三国志の時代」等を手がける。
平成26年「石川薫記念地域文化賞奨励賞」受賞
2月18日の義人祭の講演をお願いした。
快諾を得た。
 
 
多胡碑

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多胡碑記念館

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2017年12月16日 (土)

五万石騒動研究会 12月例会

会場 城址公民館
時間 9:40~12:40
参加者 SMさん、STさん、いちじん
検討内容
第8回義人祭について
講演会を計画したが、中心になるONさんが
体調を崩したので中止の方向で話し合った。
例年通りの義人祭にすることにした。

2017年11月21日 (火)

五万石騒動かるたの紹介

サロン

会場 上中居町第4公民館

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時間 10:00~12:00

参加者 30人位

プログラム

前半 ハンドベルの演奏

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後半 高崎五万石騒動かるた(4グループ)

かるたをする前に

妹と問答の形で

五万石騒動の概要について説明した。

五万石、願書、諏訪神社、大総代の処刑、等

その後、3人対3人で4グループで行った。

大きな声で読んだが、最初の文字が聞きにくいと

言われた。

最後の方になったら

グループによって、残った絵札が異なってしまった。

急いで読んで、取った絵札を確認しないで進めてしまったため

取り間違いがあったのに気付けなかった。

最後に3人の取った数を合計することを

予め予告しておかなかったので

勝敗がはっきりしなかった。

かるたの時間を余裕をもって確保したい。

30分は少し短かった。

係の人から

みんな真剣になって絵札を撮ろうとしていた。

との感想があった。

 

 

2017年2月14日 (火)

父の動物教科書

父が高崎商業で使った「動物教科書」を
わたしは保育園時代に
よく見ていた。
我が家にはテレビもラジオもない時代だった。
その本の中で一番印象的だったのは
「ひとくひざめ」だった。
そのページは
怖くて怖くて
開けなかった。
けれど見たくて
一瞬、見て直ぐに閉じたのだった。
このページだけ
非常に汚れていた。
昭和8年の発行であるが
一部カラー印刷だった。
発行所は東京開成館だ。
定価は金七拾貳銭とあった。

 

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高崎五万石騒動の紙芝居について

五万石騒動の紙芝居の絵を描いた丸茂利夫氏が
行方不明となってしまった紙芝居を
探しているという記事を
見つけた。
高崎市民新聞のバックナンバーを見ていたら
母の友人の文章があった。
その文章の載ったページに
五万石騒動の紙芝居
貸出して行方不明になる」という見出しが
眼に入った。
昭和43年9月15日だ。
母の友人の文章が無ければ
気付かずにいたであろう。

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佐藤石門の本名

石門の本名は佐藤良助だ。
石門の卒業した高崎中学の名簿(平成29年1月5日発行)を見たら
明治37年3月卒業(第3期)37名の中に
佐藤良之助という名があった。
この人が石門であろうと思われる。
石門は3期生だった。
 

2017年2月13日 (月)

野の花

明治39年に佐藤石門(良介)が
出版した「野の花」があった。
昭和43年に出て来た冊子だ。
その頃の新聞が封筒の中に
入っていた。
わたしが切り抜いていたものだ。
野の花

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初めに

石川啄木の長詩「野の花」が載っている。

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昭和43年5月9日の上毛新聞

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朝日新聞 群馬版 昭和43年5月3日

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昭和43年5月19日 朝日新聞

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