エッセイ

2017年2月23日 (木)

真緋の会 2月例会

夕食を食べていたら
Mさんから電話。
「どうしたんですか?」
「?・・・」
今夜は真緋の会だった。
全く抜けていた。
頭が芝居のことばかりで・・・
酒を飲んでいたので
妻に会場の中央公民館まで送ってもらった。
今月のテーマ「小さな幸せ」
今夜、わたしは書かなかったが、
作品は多かった。
 
IGさん
「蘭」
亡夫が残した蘭の手入れについて
「小さなしあわせ」
日常の中のある満足感について
 
OKさん
「同期会」
先月の作品を推敲した2校目。
「満ち足りた日々」
3世代同居の生活の中で
エッセイ書き、健康麻雀、
民話の語り、卓球に取り組み、
車での孫の送迎も受け持っている85歳。
 
「凄い」としか言いようがない。
 
INさん
「有馬温泉」
夫と二人で行った豪華な有馬温泉の
2泊3日の旅の紹介。
岡山倉敷➝大山康晴記念館➝神戸➝
有馬温泉「欽山」➝須磨寺
タクシーを使っての名所めぐりだ。
 
MAさん
「コーラスの楽しさ」
公民館のコーラスに入って15年。
歌詞を覚えるのに苦労するが
意味を理解し
歌えるようになった時の喜びは一入だ。
歌の深みを知り達成できた時の喜びが
更なる深みへ導く。
努力することによって
一段と高い所に行く喜びが
更なる向上心となる。
 
悟らずの世界だ。
 
いちじん
「大きな喜び」を口頭で
1 メジロの写真が2月21日のNHKTV640の「好きです。群馬」で放映された。
 MAさんが見たとのこと。
2 2月18日の朝日新聞Be蘭に
 クラゲ水族館の村山元館長が紹介された。
 水族館に行った時、その村山さんから著書を頂いた経緯を
 話した。
3 2月26日に芝居「幸せもとめて」の公演があるが、
 稽古の成果を舞台で発表したい。
 まだ、残席が80位あるとのこと。
4 湾生回家の映画を見て良かったと話すと
 IGさんが、最近上毛新聞にその映画を見ての感想があったので
 知ったと言った。
 その記事を探してみよう。 
 
3月のテーマ
「これからの国際社会」
 
 
 
 
 

2016年9月15日 (木)

真緋の会 9月例会

会場 高崎中央公民館 和室
時間 19:00~20:20
テーマ 空・川
いちじん「台風と河川」

地球温暖化に依り、世界的に気候が異常になってきている。今年の台風は今までの様相と大変異なっている。発生場所が今までのように赤道近くだけでなく、緯度の高いところであったりする。また、台風の進路が例年と異なっている。東の方へ向かったかと思うとUターンして東に向かい、それから北上したのがあった。

台風十号の異常な大雨は日本各地に河川の氾濫をもたらした。台風十号が岩泉町に及ぼした河川の氾濫は今までにないものだった。想定外と言わざるを得ない増水が高齢者施設を襲い、九人の死者をだした。また、この台風は北海道に大雨を降らせた。南富良野地区は、河川の堤防が崩れ、流れ出た水が広大な農地に被害をもたらした。北海道産の農作物のニンジン、ジャガイモやタマネギの出荷が減り、値上げになるだろうと報じられている。

今まで、台風は北海道には今回のような大雨をもたらさなかった。だから、河川の堤防もそれほど高くなくても良かった。ところが、今回の大雨は堤防を破壊してしまった。今後は大雨にも耐えうる堤防を築かねばならないだろう。北海道は広くて河川も多いから、その対策費は膨大な額になるだろう。

翻ってわが群馬はどうであろうか。利根川は一九九八年九月、大水で前橋の県庁裏の河川敷の駐車場に止めてあった四〇台の車が押し流されてしまった。それ以来、河川敷の駐車場は無くなったので、そのような被害は起こらないであろう。

高崎の烏川は昭和二二年、キャスリン台風により君が代橋下流の右岸の堤防が決壊して、片岡地区に大きな水害が出た。現在は堤防をその時よりも高くはしているが、最近の異常気象による大雨は予想をはるかに上回る水を川に流し込むであろう。今迄、決壊しなかったから大丈夫だという考えは止めて、烏川の上流に大雨が降ったことを想定して、新たな対策を立てる必要があろう。

「天災は忘れたころにやってくる」と言うことわざ(物理学者で文学者の寺田寅彦が言ったとされている)があるが、大雨を想定して今一度群馬の河川の堤防の高さを早急に見直さなければならないと考える。         

                           二〇一六・九・一五

 

MTさん 「青空」
青空で思い出すのは
1番目が空海。
室戸岬で修業中に
空と海を見て空海と名前を付けたと言われている。
2番目は若山牧水。
「白鳥は悲しからずや、空の青、
海のあをにも 染まずただよふ」
白と青の鮮やかさが身に映る。
3番目は石川啄木。
「不来方の お城の草に 寝ころびて 
空に吸われし 十五の心」
これこそ抜けるような青空を思い描く。
友人と3人で月夜野町へブルーベリー狩りに行った。
出かける時は雨だったが
行く途中にいろいろトラブルがあり
予定より遅れた。
目的地に着き
ブルーベリーを詰むころ頃には
青空になった。
友人の一人が
「わたしは晴女なのよ。
晴れて欲しい時はわたしを呼んで・・・」
と言った。
OKさん 「人生最悪の年」
今年で結婚57年目。
妻が心臓弁膜症で
埼玉の病院で手術をした。
入院中に片道60キロ(2時間)を車で通った。
33日目に退院、現在、自宅でリハビリしながら生活している。
この夏、わたしは3回救急車で病院に運ばれた。
胆石が原因だった。
スーパーの駐車場で接触トラブルを2回起してしまった。
酷暑と看病疲れのためだった。
卓球を週7時間、エッセイ書きを月7000字、
民話の語りを週2回、健康麻雀、カラオケ、料理教室、
それに妻のリハビリも加わった。
追記
読後の話し合いで分かったこと
早朝、孫を最寄りの駅まで車で送って行くことも
しているとのこと。
将にスーパー84歳だ。
 

2016年8月25日 (木)

真緋の会 8月例会

テーマ 山の日
IGさん「山の日」
8月11日はお盆の1日前で
土木業を経営していく上で、都合が良くなかった。
12日にしてお盆に繋げた方が良かった。
地元の建設会社では11日から連休にしたところがあるが
仕事が無いのが理由のようだ。
「山の日」の次は「川の日」だろうか。
どうせなら、もう1日前の8月10日にして欲しかった。
その日はわたしの誕生日だから。
いちじん「山の日」
山の日を記念して県庁で行われた
八木原さんの講演会を聴きに行った。
タイトルは「ヒマラヤあれこれ」で
彼の登山経歴だった。
一緒に行った山の仲間を7人も
亡くしたとのこと。
わたしは4回ネパールに行ったが
1回目はジョムソン方面だった。
70歳からムスタンで農業支援をしている近藤さんに
偶然出会った旅だった。
2回目はアンナプルナ方面だったが
途中で妻が腰を痛め
ヘリコプターをチャーターして
カトマンズまで帰って来たことがあった。
保険が適用できたので良かった。
3回目はエベレスト街道だった。
タンボチェの手前で引き返し
4150mのモンラまで登った。
国鳥ダフェを雪が降りしきる中で見たのは
忘れられない。
4回目はランタン渓谷だった。
4550mのキャンジンリまで登った。
半年後、大地震で宿泊したランタン村が
氷河の崩落で壊滅してしまったことがショックだった。
ー続くー
MKさん「イチロー万歳」
メジャー通算3000本安打を達成したイチローの
涙を見て涙が出た。
3000本までの最後の1本はホームランを願ったが
3塁打だった。
3塁のイチローにマリーンズの選手たちが駆け寄り
喜びを分かち合っていた。
その1本がなかなか打てなかったイチローを
周りのメンバーは黙って見守っていた。
そのことをイチローは
「この国は『粋』と言う概念はないが
『察する』という概念はある」と言った。
OKさん「受難の月」
この8月、9日間で3回救急車の世話になった。
1回目は熱中症だった。
中央公民館のパン作り講座で準備をしている時
気持ち悪くなってしまい、
仲間が救急車を呼んでくれてN病院へ運ばれた。
2回目は腹痛で救急車で同じN病院に行った。
また、熱中症と見なされ点滴を受けて
8時頃、帰された。
3回目は2日後
その腹痛が治らないので
近所の病院へ行こうとしていたら意識が遠のき
気が付いたらK病院にいた。
検査の結果は胆石の疑いと診断され、
点滴を受けた。
しかし家庭の事情により
8日目に退院した。
自分で車を運転して帰宅したが
その10分間はことさら長く感じられた。

2016年7月21日 (木)

真緋の会 7月例会

テーマ 避暑 暑さの対処法

いちじん「爽やかな北海道」

7月14日から17日までの

大雪山方面の旅行記。

旭岳、富田ファーム、黒岳・北鎮岳、赤岳に

登った様子。

Mさん「水を求めて」

メダカを飼っていたが死んでしまったので

水槽に水を張っておいた。

そこにハチが来て水を飲んだので驚いた。

昔ウサギを飼っていた時、草を与えていて

水をやったことがなかったが、

最近テレビで

人工飼料のウサギに

器で水を飲ませているのを見た。

動物も植物も水なしでは生きられない。

ハチは最近来なくなったが

いつ来ても飲めるように

水槽に水を満タンにしている。

Oさん パソコンの不具合で原稿が消えてしまった。

INさん 無し

IGさん 休み

話題

交通事故の話

元会員さんからの手紙

 

 

2016年6月16日 (木)

真緋の会 6月例会

テーマ 恩人 同窓会
いちじん
わたしの恩師たち
小学校1年から高校3年までの
担任の紹介。
存命しているのは
小学校で2人、中学校で1人、高校は無し。
先に死ぬから先死であり、
死んだ先生を先師という。
Oさん
手術(続)
先月の続きで奥さんの心臓手術について
手術が無事終了して
埼玉の病院から高崎の病院に
ここ2・3日で転院できるとのこと。
86歳での手術
大変だったに違いない。
INさん
クニ先生
クニ先生は小学校5年の時の担任
その先生を慕って
今まで3回の同窓会を行っている。
1回目は老神温泉
2回目は高崎の洞窟観音
3回目は水上
同窓会は万感胸によぎるかけがいの無い
ひとときだ。
IGさん
恩師
小学校1年の時の校長の言葉
「自分がされて嫌なことは、他人にもしない」は
我家の教えとなった。
中学校の女性の担任の言葉
「家族のパンツは全部手作りしています」を
真似たが上手くいかなかった。
中学校3年の時の担任の言葉
「皆で助け合うことが大切」ということで
グループ学習(6人)を頑張った。
その時の一人が亡夫。
Mさん
小さな恩人
小学校3年の時の父兄参観日でのこと
班長が紙芝居の発表をするわけだったが
班長に代わって自分がした。
家で母に「上手くできた」と褒められて
しかった。
このことが自信になり
人前で発表する時、
上がらなくなったのだと思う。
 
 

2015年8月20日 (木)

真緋の会 8月例会

テーマ 生活家電

Oさん 「健康麻雀」 自由題

「賭けない、吸わない、飲まない」をモットーにした

剣崎町にある麻雀クラブの体験記。

麻雀をサラリーマン時代にやったが

面白かったし、仕事上でいろいろと役立った。

年金暮らしになってからは麻雀をしたことがなかったが

健康麻雀をしてみると

指を使い、頭を使うのでこれがなかなか楽しい。

加齢に従って、運動量のある卓球ができなくなるので

その代わりにやっていこうと思う。

いちじん 「家電量販店の功罪」

家電量販店ができて、街中の個人商店が

大変な影響を受けた。

エアコンを家電量販店で購入したところ

備え付けに来たのは

近所で電気店を辞めた店主だった。

今は家電量販店同士がしのぎを削って

争っているが

いずれ倒産する量販店が出るであろう。

白亜紀に巨大化した恐竜が

滅びたように。

Mさん なし。

Iさん、OZさん 休み。

2015年6月18日 (木)

真緋の会 6月例会

参加者 3人

時間  19:00~20:30

テーマ 戦い 争い

☆ いちじん 「願い」

争いごとの絶えない今

どうしたら人と人との殺し合いが

止められるだろうか。

戦後70年、日本は戦闘もなく来られた。

これはアメリカに押し付けられた面もあるが

戦争放棄を条文に入れた日本国憲法の

お蔭だ。

世界の国々が、戦争放棄の条文を

それぞれの国の憲法の中に入れれば、

戦争のない世界になるのではないか。

日本以外の国々は、憲法を改正して

戦争放棄の条文を入れよ!

これが、わたしの願いだ。

OKさん 「猫の家出」

2匹の内、若い方のジロが

家出してしまった。

手を尽くしてジロを探したが見当たらなかった。

半ば諦めていたが、10日後ジロが

妻と嫁が話しているところに突然

帰って来た。

いまだに家出の理由は不明だが

この一件でジロとの絆は以前より深まった。

「可愛い猫には旅をさせろ」

2015年5月28日 (木)

真緋の会 5月例会

参加者 5名

テーマ 養蚕、絹、

いちじん 「蚕の思い出」

母の生家も父の生家も農家で

子供の頃、養蚕をしていた。

母の生家によく手伝いに行った。

蚕の時期になると居室が養蚕室になった。

繭になる蚕を『ず』、繭を作る藁の巣を『まぶし』、繭の毛を取る『毛羽取り機』と言った。

父の生家は、昭和50年頃

蚕室のストーブが周りに燃え移り

全焼してしまった。

燐家に延焼しなかったのが、

せめてもの慰めだ。

それ以来、養蚕を辞めたのだった。

Mさん   「お蚕様」

OKさん  「母の内職」

Iさん    「授賞式の服装」

OZさん  なし

2015年4月23日 (木)

真緋の会 4月例会

テーマ 墓

時間 19:00~20:30

参加者 4人

いちじん 「丸茂墓」

母方の墓地「丸茂墓」について

昭和50年代

恩師の近藤章先生が丸茂墓の墓石から

先祖は姉川の決戦で戦死した

一円城主、丸茂豊前守であることを

突き止めてくれた。

母方の先祖が戦国時代まで遡れたので

従兄と滋賀県の一円を訪ねたい。

OKさん 「弔う」

葬式にはいろいろな形態がある。

最近は家族葬なるものが増えてきている。

人生は生きていてこそだ。

死んでからどんなに弔ってもらっても

意味は無い。

墓は残された者たちの心の中に在ればいい。

日頃の言動で周りの者にどれだけ思い出を残せるかが

肝心だ。

戒名不要、葬儀不要、墓不要。

遺骨は細かな灰にして故郷の山に

撒いてもらえればいい。

Mさん、Iさん エッセイなし。

「丸茂墓」

江戸時代の歴史

参勤交代のルート

明治維新の幕府方の歴史

西南戦争で負けた西郷軍の武士の服役

「弔う」

家族葬の弔い方

遺族の家庭に弔いに行く場合

弔いを遠慮する場合

亡くなった方との繋がり具合による。

延命措置について

胃瘻をする場合

胃瘻をしない場合

自分ならどうするかを考えておく必要がある。

2015年4月 1日 (水)

髭論 その1

髭を伸ばし始めて6年目

今まで

長さが10センチくらいになると

剃ってしまったり、

1センチくらいの長さにカットしたり

していた。

それは

高崎市民演劇で演じる役によって

短くせざるを得なかったからだ。

この3月は、髭をカットせずに

舞台で演じた。

だから今までで髭が一番長くなっている。

伸ばしてる理由

1 髭剃り文化に抵抗する。

高校生の頃から、髭が伸び始めた。

その頃は、「男は髭を剃るもの」と思い込んでいた。

何の疑問も抱かなかった。

そのまま、大人になり職業についた。

毎朝、鏡に向かって電気髭剃り器で

剃っていた。

退職して、はたと気が付いた。

何で、髭を剃っていたんだろう?

伸びるには伸びる理由があるはずだ。

男にだけある髭だ。

どんな風に伸びるのか

一度、自分の中の自然を確認してみよう。

ということで

現在、髭を剃らずにそのままにしている。

2 エコ髭

2分~5分、男は毎朝

鏡に向かって髭を剃っている。

剃らなければ、この時間を自分の時間にできる。

わたしの場合、電気代がその分

節約できる。

だからエコ髭だ。

3 髭の伸び方

身体の毛は、毛によって

長さが異なる。

まつ毛はまつ毛、

眉毛は眉毛、etc

それぞれの長さがある。

下唇のすぐ下の髭は

2センチ~3センチで伸びが止まった。

(やってみて、分かったことだ)

頬から顎にかけては現在進行中だ。

この髭はどこまで伸びていくのだろうか?

馬の尻尾だって長くて1メートルだ。

2メートルにはならない。

ある長さで止まってしまう。

では、わたしの顎髭は・・・

それを確かめるために

妻に、義母に、

嫌な顔をされるのだが

敢えて髭を伸ばしている。

わたしの

いや、上毛(上の毛ではない、かみつけ)の男の自然を

確かめるために!

それにしても

鼻の下の髭(単独に伸ばせば、ちょび髭)は

どうして止まらないのだろう。

食べにくくて仕方ない。

なぜ伸びるのだ。

太古の時代(剃刀や鋏が無かった時代)

男は髭を

どのように扱っていたのだろう?

わたしは

太古の時代に

プレイバックして生きている。

たった1度の人生だ、

自由に生きよう。

 

2017年8月
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