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2018年1月14日 (日)

和田健一氏の講演の紹介

高崎市では高崎学検定を設け
毎年検定試験を行っている。
その高崎学のための講義が保存されている。
和田健一氏の講演の記録は
高崎学検定講座「幕末維新の農民たち~石碑から見る五万石騒動~」の報告
として高崎市のHPにある。
是非、検索して聴いて下さい。
(リンクは張れない)
講演の概要(市のHPより)
  • 日時:平成27年10月3日(土)午後1時30分から
  • 会場:高崎市市民活動センター・ソシアス 市民ホール
  • 講座内容

    今回は「幕末維新の農民たち~石碑から見る五万石騒動~」と題して、

    市内に残る筆子塚をはじめとする石碑を見ることで、

    当時の農民たちが何を考え、

    どのように行動をしたのかを考察し、

    五万石騒動の背景には何があったのかをご講演いただきました。

    講座前半は、五万石騒動の背景と高崎藩の支配構造についてご説明いただきました。

    五万石騒動が起こった主な要因は、

    藩内の年貢率が完全に一体化されておらず、

    「古領(安藤氏支配以前の領内村々)」の年貢率が

    「新領(大河内(松平)氏支配以降に編入された村々)」に対し高く不平等であったことや、

    「助郷(諸街道の宿場に人馬の補給などを目的に

    周辺の村に課した課役のこと)」などの村々への課役の問題、

    悪天候が続き米も麦も不作であったことなどでした。

    講座後半は、なぜ五万石騒動が一年半余りの長きにわたり、

    村を超えた組織力を持ち展開できたのかを、

    石碑と照らし合わせて当時の農民たちの実像をご説明いただきました。

    まず、農民たちは寺子屋の発達により時には村を超え教育を受け、

    高い知性を持っていたこと。

    流通が発達し宿場などは村の情報交換の場になりました。

    また、豊熟祈願といった信仰も村を超えて執り行われるなど、

    農民たちは頻繁に顔を合わせ、

    村々は結合が出来る環境にあったことなどが五万石騒動の背景にありました。

    また、小島文次郎をはじめとする3人の大惣代(五万石騒動全体の指導者)は、

    特に高い知性を持ち民主的、組織的に農民たちを指導し、

    絶大な信頼を得ていたことも大きな要因に挙げられます。

    これらのことは市内に残る石碑を調べることで分かるので、

    受講者に対して「近くにある石碑を大切に保存してください。」とし、

    講座を締めくくられました。

    和田先生におかれましては多くの史料を基に、

    新しい切り口で「高崎五万石騒動」をご講演いただきありがとうございました

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