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2016年8月28日 (日)

奥多摩の旅 2日目

早朝、御嶽神社へ行ったメンバーもいたが
わたしは行かないで
同部屋の歯科医M Iから
歯科治療や虫歯予防等の話を聴いていた。
朝食

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宿の庭のレンゲショウマ

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雨の中を歩いて・・・

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御岳山のレンゲショウマを
見に行った。

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足元がぬかっていた。

最盛期は過ぎてしまった。

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ケーブルに乗って降りた。

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ケーブル駅からタクシー3台で

「日の出山荘」に向かった。

雨でなければ、尾根道伝いに「日の出山荘」まで

歩く計画だった。

残念!

65歳以上は300円のところ200円だった。

昭和37年に中曽根氏が日の出町に寄贈して

一般公開するようになった。

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メインは「ロンヤス会談」だ。

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展示されていた写真だ。

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青雲堂

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英文のcoined が不明だ。

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書院の書斎からの眺めだ。

山中だ。

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中央が康弘氏。

左が姉だ。

高校時代、一緒に学んだN君の母だ。

N君とは1年から3年まで同じクラスだった。

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タクシーで日の出山荘から

つるつる温泉に直行。

PH9.9のアルカリ温泉で

入ったらつるつるした。

ここで昼食を自由に選んで食べた。

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雨のため、

計画通りには行かなかった。

そのため予定より早く

解散した。

お蔭で

銀座松屋で開催中の

「星野道夫の旅」展をゆっくり見ることができた。

 

 

 

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コメント

 父が旧制高崎中学校在学中の昭和初期のこと、下級生の中に取り分け礼儀正しい停止敬礼をしてくれる少年が居られたそうです が、実はこの御方が後の世の中曽根先生であられたとのことでした。敗戦後、国会議員立候補の第一声は高崎市内の東宝映画館  前の広場から発せられ、自転車遊説であったとか。その時の演説は、正直、あまり御上手とは申し上げられぬ風であったそうですが、
 後々の弁舌は音声明瞭・理路整然、核心を得た素晴らしい物があり、『後輩が俺よりもエラクなってしまった』と懐かしそうに話して   居りました。
 小生の高校卒業式の時の体験では、OB御来賓挨拶で用意して来られた文章を内ポケットから取り出し、館内の生徒諸子の顔を   見渡してから、徐に「やめましょう」と云って手放されてしまいました。式典によく有りがちな生徒のウンザリ感を逸早く察知なさたので  有りましょう。「その代わりに漫談を少し」と始められたのですが、拍手が起こらない。(吾が母校の生徒はつまらぬ話をしていると万雷
の拍手をもって壇上から降ろしてしまう不思議なクセがアリマシタ) そのときの時事漫談は大変面白くて他の先生方よりも数段長い
祝辞となったことは申すまでもありません。
 これまた小生の市内成人式の会場では、終始ざわついて止まぬ一部の新成人達に向かって秩序を守るようきちんとお叱りの声を
発し「今日からは、皆さんが犯罪を起こした時は少年A・少女Bではありません。ナカソネヤスヒロ?歳と新聞に出るんです」と場内を
明るく指導なさり、半世紀以上を経た今もこの名演説は忘れられません。

 
 

卒業式に中曽根氏が来賓でいらしたことさえ記憶に残っていませんでした。ましてや、その内容は・・・

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